難民申請者への突然の保護費打ち切りに対する政府、諸機関への抗議アピール

難民申請者への突然の保護費打ち切りに対し、多文化間精神医学会は日本精神神経学会とともに、政府、諸機関に抗議アピールを発表しました。(2009.5.28)

私たちは難民申請者への待遇改善、社会保障制度の確立、審査期間の短縮など、その政策の改善を要求します。

状況説明

1.難民とは、難民認定申請者とは

日本政府は1970年代からベトナム、ラオス、カンボジアからのいわゆる「インドシナ難民」に対する、受け入れと保護を開始した。「インドシナ難民」という呼び方は日本が独自に規定したもので、世界には存在しない。一般に「難民」とは「難民条約」(「難民の地位に関する条約」1951年及び「難民の地位に関する議定書」1967年)によって規定された人々を呼ぶ。ここでいう難民とは@人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること、又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、A国籍国の外にいるものであって、Bその国籍国の保護を受けることが出来ないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの、である。

日本では「インドシナ難民」に対しては超法規的にほとんどの人を受け入れ、定住促進センターを与え、日本語教育や就労斡旋を行ってきた。当時から、インドシナ以外の地域から難民化を求めて日本にやってくる人たちはいた。その人たちには「インドシナ難民」に相当するケアは全く与えられなかった。難民と認定された人には定住者としての資格が与えられるので、日本の福祉、社会保障制度が使えるが、難民認定申請者(難民の立場を求めて法務省に申請した人)は法務省が難民と認定するまでは、日本で暮らす資格が与えられていない。原則として、労働許可も与えられず、健康保険にも加入できない。そのため、その難民認定申請者たちは即座に生活に困窮した。また、法務省の認定プロセスは時間を要し、かつ難民認定の基準は極めて厳しい。人によっては10年以上にわたって、難民認定申請者のままの人もいる。しかし、当時はその数は圧倒的に少なかったので、その難民認定申請者たちには、法律では明確に規定されない枠組みで(いわば人道的立場から)、「保護費」という生活給付が支給された。1日の生活費1500円,住居費月額4万円および医療費の実費分が原則4か月支払われてきた。難民認定申請者は原則として働くことも許されず、日本語教育などの機会も得られないため、生活力にない人たちは保護費が延長することも多かった。その支給元は外務省であり、その窓口がアジア福祉教育財団難民事業本部である。

2.難民認定申請者への保護費打ち切りの現状

「インドシナ難民」(約1万人)の受け入れ事業が終了した、1990年代後半から、むしろ他国からの難民認定申請者が急増してきた。2006年に954人、2007年には816人、2008年には1,599人である。対して、条約難民と認定された人は、2006年に34人、2007年には41人、2008年には57人と認可率は5%以下であり、先進諸国の中では少ない。これだけの難民認定申請者の急増を予想していなかった政府は予算が底をついたということで本年、5月、以下の人々を例外として保護費の打ち切りを宣言した。現時点で打ち切られた難民の数は150人に上る。

  • 15歳未満の子ども
  • 妊婦(子どもが産まれるその日まで)
  • 60歳以上の高齢者
  • 重篤疾患患者(医療機関からの診断書等が必要)

3.困窮する難民認定申請者, 困惑する支援者

例外はあるものの突然の保護費の打ち切りはただでさえ困窮している難民認定申請者をさらなる困窮へと追い込んでいる。アパートを追い出されその日に住むところにも困る人々が出てきている。さらに、そのためにうつ病などの精神疾患が多発しつつある。また、妊婦はこどもが生まれたその日から保護費を切られるので、乳児にミルクも買えないような状況が生じている。

これらの申請者の不満や怒りは、支援者に対して向けられることが多く、支援者自身がトラウマを抱える事態が起こりつつある。

4.難民問題に対する抜本的な取り組みを

この事態は所轄の外務省のみの責任ではない。難民認定申請者へのケアをきちんと法制化してこなかった日本政府の責任であり、難民認定に年余の時間をかけている法務省の責任であり、難民申請期間は健康保険や生活保護の対策を考慮することのなかった厚生労働省の責任でもある。また、多文化共生時代の到来を予告しつつもこういう難民、移住者の問題をきちんと取り上げてこなかった日本のメディアの責任でもある。また、このような問題が生じる度に心病むマイノリティの心身の苦悩をもっと広く啓発しえていない私たち多文化間精神医学会の責任でもある。

その自覚のもとに私たちは、政府には

難民申請者への待遇改善、社会保障制度の確立、審査期間の短縮など、その政策の改善を要求する。

報道諸機関には

今回の問題が広く日本に暮らす難民・移住者の状況の理解につながるための情報の提供と正しい理解が促されることを期待する。

多文化間精神医学会会員諸氏には

今回の事件の経緯を正しく把握し、難民認定申請者の現状を広く伝え、難民、各支援団体職員への力添えを期待する。